F1グランプリの住人たちへ

1987年から観戦しているF1グランプリ・・・この魅力あるスポーツをあるがままに書き綴ります。
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まず、このマシンで思い出すのは、中嶋悟さんですね。
ロータスで3年間在籍した後、移籍したのがこのティレルチーム。
契約時、翌1991年にホンダV10エンジンの提供が決まっておりました。
そのホンダのバックアップもあり、この移籍は決まったようなもんですが、
中嶋悟ファンの私には、非常に嬉しいニュースでした。

それでは、このマシンについて。
ハーベイ・ポストレスウェイト博士製作の革新的なマシン。
今のF1マシンはすべてハイノーズになっていますが、
そのコンセプトを取り入れた最初のマシンなんですよ。


1/43 ティレル 019 1990 日本GP

元々は、1989年シーズンに使用した018の後継モデルとして開発された。
なので、見た目はほぼ、フロントウィング以外は一緒である。
それに、エアロダイナミストのジャン・クロード・ミジョーの
アイデアを取り入れたのがこの「アンヘドラル(下反角)ウィング」。

フロントセクションが高い位置に置かれるハイノーズで、
そこから湾曲させて、ウィングを取り付けるという形状である。
かつてのアメリカの戦闘機「F4U コルセア」のような、
逆ガル翼形状であったことから「コルセアウィング」とも呼ばれた。


F1 LEGENDS 中嶋悟/モーター・スポーツ

このマシンで、チームメイトのジャン・アレジはモナコで2位を獲得。
こういう市街地コースで速かったことで分かるように、
空力バランスが非常によかった。
エンジンが非力なコスワースDFRやったんで、
高速コースでは苦労しましたけどね。
このマシンがあったからこそ、
アレジは翌年フェラーリ移籍を獲得できたと言っていいです。
(まあ、アレジの才能もありますが)

しかし、このマシンでも中嶋さんは遅かった・・・
大好きなドライバーでしたけど、F1で成功したとは言えないですね。
F1デビューが34歳・・・あまりにも遅すぎました。

翌年、ホンダエンジンを載せた020も同じ形状のウィングでしたが、
パワーのあるホンダエンジンのパワーに耐えられるように、
モノコックを始め、全体的に太く作られてしまい、
空力バランスが崩れ、平凡なマシンになっていました。

その後、このマシンのコンセプトはベネトンB191が取り入れ、
吊り下げ型と呼ばれる形式を採用し、
今でもその形状はレースマシンの基本形状になっています。

今見ても、美しいマシンであるティレル019。
いつまでも忘れることはないでしょう。
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