F1グランプリの住人たちへ

1987年から観戦しているF1グランプリ・・・この魅力あるスポーツをあるがままに書き綴ります。
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1 A.プロスト マクラーレン ポルシェ 70 1:37'03.906
2 G.ベルガー フェラーリ フェラーリ 70 1:37'24.399
3 N.ピケ ウィリアムズ ホンダ 70 1:38'07.201
4 T.ファビ ベネトン フォード 69 1LAP遅れ
5 S.ヨハンソン マクラーレン ポルシェ 69 1LAP遅れ
6 E.チーバー アロウズ メガトロン 68 2LAP遅れ
7 A.セナ ロータス ホンダ 68 2LAP遅れ
8 中嶋悟 ロータス ホンダ 68 2LAP遅れ
9 I.カペリ マーチ フォード 67 3LAP遅れ
10 J.パーマー ティレル フォード 67 3LAP遅れ
11 A.ナニーニ ミナルディ モトーリ・モデルニ 66 4LAP遅れ
12 P.ストレイフ ティレル フォード 66 4LAP遅れ
13 D.ワーウィック アロウズ メガトロン 66 4LAP遅れ
14 T.ブーツェン ベネトン フォード 64 6LAP遅れ
15 A.デ・チェザリス ブラバム BMW R  
16 M.アルボレート フェラーリ フェラーリ R  
17 M.ブランドル ザクスピード ザクスピード R  
18 F.フォリーニ オゼッラ アルファロメオ R  
19 P.アリオー ローラ フォード R  
20 R.アルヌー リジェ メガトロン R  
21 A.カフィ オゼッラ アルファロメオ R  
22 P.ギンザーニ リジェ メガトロン R  
23 A.カンポス ミナルディ モトーリ・モデルニ R  
24 N.マンセル ウィリアムズ ホンダ R  
25 R.パトレーゼ ブラバム BMW R  
26 C.ダナー ザクスピード ザクスピード R


ixo 1/43スケール フェラーリ F187 G.ベルガー 日本GP 1987 #28

初ポール・ポジションのフェラーリ、ゲルハルト・ベルガー。
この年は、ホンダ勢の優勢が続いたのであるが、
後半、フェラーリがメキメキと力をつけてきたのである。
特に、エンツォ・フェラーリに見込まれ、この年から、
フェラーリ入りしたベルガーはその力を発揮しつつあった。

俺は、ベルガーは好きなドライバーでしたね。
基本、日本人ドライバーを応援しとりましたが、
このF1を観戦しだした初期は、外国人ドライバーでは、
ベルガーが一番好きでした。
セナとのマクラーレンでのナンバー2扱いでも腐らずに、
ええ仲を保ったのは、非常に好感が持てます。
フェラーリでシューマッハのナンバー2扱いやった、
どこぞの腐ったバリ○○ロさんとはえらい違いやな。

そのベルガーが独走態勢を築くのであるが、
後半、試合巧者プロストのプレッシャーに負けて、
コックピット内の消化剤散布のボタンを押してしまい、スピン。
結果、プロストに優勝を持っていかれてしまうのである。

プロストというドライバーはセナびいきの日本人にとって、
非常にヒールのイメージがあるが、
すっごく才能あるドライバーで、クリーンやったと思います。
レース全体を見定め、チャンピオンシップ全体を見定め、
速いのに、抑えるべきところは抑えて、
切れ味の鋭い抜き方をする、ドライバーでした。
どこぞの現在のヒール役、ハミル○○なんてのは、
プレスの誰からもヒール扱いですからね。


ミニチャンプス1/43スケール マクラーレン MP4-3 No.1/1987 A.プロスト

その後、何回もチャンピオン争いを演じ、
引退間際1993年にもチャンピオンも決め、華やかにF1を引退。
ただ、その後リジェを買収し、自分のチームを持って失敗しますが・・・
亜久里といい、F1チームを運営するのって難しいですよね・・・
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1 N.マンセル ウィリアムズ ホンダ 52 1:18'44.898
2 N.ピケ ウィリアムズ ホンダ 52 1:19'40.602
3 T.ファビ ベネトン フォード 51 1LAP遅れ
4 T.ブーツェン ベネトン フォード 51 1LAP遅れ
5 A.セナ ロータス ホンダ 50 2LAP遅れ
6 A.プロスト マクラーレン ポルシェ 50 2LAP遅れ
7 S.ヨハンソン マクラーレン ポルシェ 50 2LAP遅れ
8 P.ギンザーニ リジェ メガトロン 50 2LAP遅れ
9 C.ダナー ザクスピード ザクスピード 49 3LAP遅れ
10 R.アルヌー リジェ メガトロン 49 3LAP遅れ
11 I.カペリ マーチ フォード 49 3LAP遅れ
12 P.アリオー ローラ フォード 49 3LAP遅れ
13 中嶋悟 ロータス ホンダ 49 3LAP遅れ
14 J.パーマー ティレル フォード 47 5LAP遅れ
15 P.ファブル AGS フォード 周回不足  
16 R.パトレーゼ ブラバム BMW R  
17 M.アルボレート フェラーリ フェラーリ R  
18 A.デ・チェザリス ブラバム BMW R  
19 D.ワーウィック アロウズ メガトロン R  
20 E.チーバー アロウズ メガトロン R  
21 G.ベルガー フェラーリ フェラーリ R  
22 A.カンポス ミナルディ モトーリ・モデルニ R  
23 A.ナニーニ ミナルディ モトーリ・モデルニ R  
24 P.ストレイフ ティレル フォード R  
25 A.カフィ オゼッラ アルファロメオ R  
26 M.ブランドル ザクスピード ザクスピード 失格

エステルライヒリンクと、この当時呼ばれていたサーキット。
この1987年は、スタート直後のクラッシュが繰り返し発生し、
2度の赤旗中断、再スタートを含め計3回のスタートとなった。
3度目のスタートでも追突が発生したり、
アイルトン・セナがエンジンストールし一時コース上に取り残されるなど、
荒れたレースとなったことで印象が残ってる。

この多重クラッシュを原因の一つとして、オーストリアGPは、
1988年以降開催されないことになり、オーストリアGPは姿を消した。
しかし、大規模なコース改修を施して、A1リンクとして、
1997年~2003年まで、ドイツに近いということもあり、
ミハエル・シューマッハ全盛時代に開催されることとなるのである。

優勝はナイジェル・マンセル。
この当時、マンセルの速さは他のドライバーよりもぶっちぎって速かった。
ノレた時の速さはセナ以上だったのではないだろうか。
しかし、非常にミスの多いドライバーやったんよね~
なので、タイトル争いに絡むこと多かったが、すべて逃す結果に。
この年も日本GPで・・・これはまた次回に。

しかし、1992年にエイドリアン・ニューウェイの最高傑作、
ウィリアムズFW14Bを駆って、悲願のワールドチャンピオンを決めるのである。
まあ、あの車は、そこそこ速いドライバーが乗っても、勝てる車やったから、
チャンピオン決めることができて、当然ではあったが(^^;)
けど、16戦中14回のポールポジション、計9勝はマンセルでないとできなかったであろう。

余談で・・・このGP、表彰台へ向かうオープンカーに乗っていたマンセルは、
観客に手を振ろうと立ち上がった際、ちょうど車が橋の下を通過しようとしていたため、
橋桁に頭を思い切りぶつけてしまい、頭を抱えながら表彰台に上がるハメになってしまった。
こういうドジなところがマンセルらしいですね(^^)

大英帝国の愛すべき息子・・・
この当時はまだまだ遅咲きのドライバーであったのである。
1 N.マンセル ウィリアムズ ホンダ 65 1:19'11.780
2 N.ピケ ウィリアムズ ホンダ 65 1:19'13.698
3 A.セナ ロータス ホンダ 64 1LAP遅れ
4 中嶋悟 ロータス ホンダ 63 2LAP遅れ
5 D.ワーウィック アロウズ メガトロン 63 2LAP遅れ
6 T.ファビ ベネトン フォード 63 2LAP遅れ
7 T.ブーツェン ベネトン フォード 62 3LAP遅れ
8 J.パーマー ティレル フォード 60 5LAP遅れ
9 P.ファブル AGS フォード 59 6LAP遅れ
10 M.ブランドル ザクスピード ザクスピード 周回不足  
11 P.ストレイフ ティレル フォード R  
12 A.プロスト マクラーレン ポルシェ R  
13 M.アルボレート フェラーリ フェラーリ R  
14 E.チーバー アロウズ メガトロン R  
15 A.カンポス ミナルディ モトーリ・モデルニ R  
16 C.ダナー ザクスピード ザクスピード R  
17 A.カフィ オゼッラ アルファロメオ R  
18 R.パトレーゼ ブラバム BMW R  
19 S.ヨハンソン マクラーレン ポルシェ R  
20 A.ナニーニ ミナルディ モトーリ・モデルニ R  
21 A.デ・チェザリス ブラバム BMW R  
22 P.アリオー ローラ フォード R  
23 G.ベルガー フェラーリ フェラーリ R  
24 R.アルヌー リジェ メガトロン R  
25 I.カペリ マーチ フォード R  
26 P.ギンザーニ リジェ メガトロン 失格


PMA 1/43 ウィリアムズ ホンダ FW11B 1987 N.ピケ

この年、このイギリスGPほど日本人にとって印象の残ったレースはないだろう。
ホンダ勢が上位を独占する結果となったこのレースは、
ホンダに対する憧れをより大きくしたに違いない。
来季の即時撤退を決めた、今年のホンダとえらい違いである。
ホンダユーザの自分ではあるが、今のホンダに対して執着心はない。

しかし、上のリタイヤ率を見てくださいな。
26台のうち、完走が9台・・・
なので、いかに生き残るマシンを作れ、操れるかが課題でしたね。
今のF1はエンジンでもいかに潰れないようにするかも規制の対象なので、
これだけのリタイヤ率を見ることはないであろう。

レース自体は母国GPであった、マンセルがわずか数周となったところで、
チームメイトのピケを抜き去り、劇的な逆転優勝!
この時、マンセルのエンジニアは燃料が「マイナス!マイナス!」って、
叫んでたんだそうな。
そう最後まで走りきる燃料がなかった状態なのである。
しかし、奇跡的にも、最後まで走りきることができて、
ウイニングラップでストップする結果となった。

ウィリアムズ・ホンダの2台が、今後チャンピオン争いをすることを
印象付けたレースであった。
1 A.セナ ロータス ホンダ 78 1:57'54.085
2 N.ピケ ウィリアムズ ホンダ 78 1:58'27.297
3 M.アルボレート フェラーリ フェラーリ 78 1:59'06.924
4 G.ベルガー フェラーリ フェラーリ 77 1LAP遅れ
5 J.パーマー ティレル フォード 76 2LAP遅れ
6 I.カペリ マーチ フォード 76 2LAP遅れ
7 M.ブランドル ザクスピード ザクスピード 76 2LAP遅れ
8 T.ファビ ベネトン フォード 76 2LAP遅れ
9 A.プロスト マクラーレン ポルシェ 75 3LAP遅れ
10 中嶋悟 ロータス ホンダ 75 3LAP遅れ
11 R.アルヌー リジェ メガトロン 74 4LAP遅れ
12 P.ギンザーニ リジェ メガトロン 74 4LAP遅れ
13 P.ファブル AGS フォード 71 7LAP遅れ
14 E.チーバー アロウズ メガトロン R  
15 D.ワーウィック アロウズ メガトロン R  
16 S.ヨハンソン マクラーレン ポルシェ R  
17 P.アリオー ローラ フォード R  
18 R.パトレーゼ ブラバム BMW R  
19 A.カフィ オゼッラ アルファロメオ R  
20 A.デ・チェザリス ブラバム BMW R  
21 N.マンセル ウィリアムズ ホンダ R  
22 A.ナニーニ ミナルディ モトーリ・モデルニ R  
23 P.ストレイフ ティレル フォード R  
24 T.ブーツェン ベネトン フォード R


セナ財団公認 アイルトン・セナ 1/1レプリカヘルメット(Painted by SID) /1987

F1グランプリのレースの中でも、一番格式のあるのがモナコGP・・・
F1ファンだと、誰もが一番行ってみたい場所であろう。
俺も、この1987年当時、他のレースとは別格だなあ~っと、
手の出ない世界だと、ティーンエイジャーだった当時思っていました。

ポールはウィリアムズホンダのナイジェル・マンセル。
チームメイトのピケはモナコ大嫌いですから、ここではセナにも遅れをとります。

そのマンセルが独走体勢・・・
しかしこの頃のマシンはよく潰れてましたね~
エンジンの排気系でトラブル。
ターボチャージャーは排気の力でパワー出しているから、
ここが駄目になるとパワーダウンが激しい・・・

そしてこういう超テクニカルコースがうまいのはセナ。
同じホンダエンジン、ブラジル人ドライバーのピケを全く寄せ付けない走り。
モナコ初優勝でしたが、この後、事故死するまで、
モナコマイスターの称号は彼に贈られます。

その後、その称号はシューマッハが受け継ぐことになるのですが、
モナコで速いドライバーがやはり強いドライバーやと思います。
それほど、ドライバーの腕で左右するコースですね。

なので、ここモナコでの予選は、俺は毎年いつも注目しています。
普段よりここのグリッドが上にくるドライバーは速い。
今年でしたら、ベッテルがそうでしたね。

セナのモナコ初優勝はこの年でしたが、
1992年には伝説のマンセルとのバトルが印象的です。
この話題は2年後に、記事にできそうですね(^^)
自動車レースの最高峰F1シリーズに参戦しているホンダは
5日午後1時半から、来季のF1活動について同社の福井威夫社長らが
緊急の記者会見を行った。ホンダF1第3期が終焉を迎えることになる。

ホンダの撤退は、業績悪化によってチームの運営経費を賄えなくなったのが理由。
金融危機による世界的な景気減速は、大企業から体力を奪うことで
スポーツの世界にも影響を与え始めた。
関係者によると、ホンダが業績が悪化する中でF1を続けていることに対し、
株主から不満が出ていたという。

ホンダは年内にチームの買い手を探し、見つからなければチームを解散する。
ホンダが撤退した場合、F1レースは18台によるレースとなる。

んんっ~世界大金融恐慌の波がまさかここまで来るとは思いませんでした。
ここ最近のホンダF1のF1での成績は芳しくなく、去年もサテライトチーム的な、
「スーパーアグリ」にも遅れをとる始末・・・
そういうF1での成績も撤退の理由でしょうね。
やはり、イメージ悪化にもなるでしょう。

そうなると、現ドライバーのバトンの行方が気になります。
結構、本来、実力のあるドライバーですから、今、シートの空いてるチームは、
獲得に向けて動き出すんではないでしょうか。

来週再び、トロ・ロッソでF1テストドライブの機会を与えられるであろう、
佐藤琢磨のゆくえにも暗雲が広がるんではなかろうか?
ブルーノ・セナにルーベンス・バリチェロ・・・
両方、ホンダとトロ・ロッソの可能性を持ってたわけですし。

いずれにせよ、F1チーム運営の資金縮小対策は必須やと思います。
やはり26台は走れる体制にしてもらわな、面白くないな~
18台になると少なすぎる・・・
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