F1グランプリの住人たちへ

1987年から観戦しているF1グランプリ・・・この魅力あるスポーツをあるがままに書き綴ります。
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1 19 A.ナニーニ ベネトン フォード GY 1:35'06"277 53
2 6 R.パトレーゼ ウィリアムズ ルノー GY 1:35'18"181 53
3 5 T.ブーツェン ウィリアムズ ルノー GY 1:35'19"723 53
4 11 N.ピケ ロータス ジャッド GY 1:36'50"502 53
5 7 M.ブランドル ブラバム ジャッド PI 1LAP 52
6 9 D.ワーウィック アロウズ フォード GY 1LAP 52
7 15 M.グージェルミン マーチ ジャッド GY 1LAP 52
8 10 E.チーバー アロウズ フォード GY 1LAP 52
9 21 A.カフィ ダラーラ フォード PI 1LAP 52
10 22 A.デ・チェザリス ダラーラ フォード PI 2LAP 51
11 2 A.プロスト マクラーレン ホンダ GY DNF(アクシデント) 46
12 8 S.モデナ ブラバム ジャッド PI DNF(マシン) 46
13 27 N.マンセル フェラーリ フェラーリ GY DNF(エンジン) 43
14 12 中嶋悟 ロータス ジャッド GY DNF(エンジン) 41
15 4 J.アレジ ティレル フォード GY DNF(ギア) 37
16 30 P.アリオー ローラ ランボルギーニ GY DNF(エンジン) 36
17 28 G.ベルガー フェラーリ フェラーリ GY DNF(マシン) 34
18 20 E.ピロ ベネトン フォード GY DNF(アクシデント) 33
19 26 O.グルイヤール リジェ フォード GY DNF(エンジン) 31
20 16 I.カペリ マーチ ジャッド GY DNF(マシン) 27
21 17 N.ラリーニ オゼッラ フォード PI DNF(マシン) 21
22 3 J.パーマー ティレル フォード GY DNF(マシン) 20
23 34 B.シュナイダー ザクスピード ヤマハ PI DNF(マシン) 1
24 23 P.バリラ ミナルディ フォード PI DNF(マシン) 0
25 24 L.ペレス・サラ ミナルディ フォード PI DNF(アクシデント) 0
1 A.セナ マクラーレン ホンダ GY 失格 53

まあ、この1989年、1年を総括できるレースが、
この鈴鹿で行われた日本GPであろう。
この鈴鹿も、最終戦アデレードでも勝つことは必須。
セナは非常に追い詰められた状態でこのグランプリを迎えます。

予選では、セナにプロストに1秒以上の差をつけダントツのポール。
同じ車に乗るトップドライバー同士で、これほどまでに差がつくことはない。
それほどまでにセナがこのレースに駆ける意気込みは、
すさまじいものがあった。

そのプロストだが、ストレートで伸びるように、
ウィングを寝かすセッティング変更を、ダミーグリッド上で決断する。
スタートで、セナの前に出て、そこから抜かせないセッティングだ。
そのプロストはスタートだけ気をつければよかった。
フライングすれすれの際どいタイミングでトップに躍り出ます。

レース終盤までは、セナは2位のポジションのまま。、
しかしセナの猛追はここから。
ただストレートが伸びるセッティングをしていたプロストを抜くことができません。
唯一、そのポイントは130Rを抜けたシケイン手前での、
ブレーキング合戦で勝負をかけることであった。

そこで、セナはインを突きます。
しかしプロストは自身のラインを変えることのないまま、
シケインに飛び込もうとして、接触!!
両車、エスケープゾーンに絡み合って飛び出ます。

セナは諦めません、マーシャルに押し掛けしてもらいレースに復帰。
トップでフィニッシュするも失格。
その理由はプッシュスタートも議題に上ったが、
それは危険な場所を回避するために仕方がなかったとお咎めなし。
ただシケイン不通過でレースに戻ったことで、この裁定が下った。

この当時の日本でのセナ人気は異常でした。
これほどまでにスポーツで、外国人を応援することは、
過去、未来、今後現れることはないでしょう。
そのセナが失格でしたから、この話題で持ちきりでしたね。

あと、もう一人、大きな声援を送られていたドライバーがいる。
同じ日本人の中嶋悟である。

中嶋さんは、鈴鹿を知り尽くしているその走りで、
S字コーナーでブランドルを抜いたり、ヘアピンでオーバーテイクしたりと、
トップスピードのないロータスジャッドを見事に操っていました。

ただね~フジテレビさん・・・
なぜ、最終戦オーストラリアGPを放映しないのか?
中嶋さんのF1でのベストレースは、このレースです。
日本人で唯一ファステストラップを刻んでいるのもこのレース。
2004年アメリカGP、佐藤琢磨の3位表彰台もわくわくしたレースだが、
それ以上に、この1989年オーストラリアGPはわくわくしたレースやったんですよ。
雨の中嶋・・・見たかったな。

後記)って思ってたら、この後、続けてやってたんですね・・・
きちんとタイムシート見ていませんでした。
再放送を必ずやるでしょうから楽しみにしてます。
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